「晴」「時々曇」「一時雨」 

雨上がりの空に虹がかかる光景を誰もが目にした事があるだろう

子供の頃、その虹の出どころを探し回り、何とか昇ろうとしたものである

いつからか、虹が出ていてもそれを見て美しいと思うだけになってしまった

そして、大人になると虹が出ていることにさえ気づけなくなっていく

冬のトレーニングの成果によって、智辯和歌山伝統の強力打線が息を吹き返していた。

そして、2016年秋季大会で崩壊していた投手陣も新たに取り組んだトレーニングにより、個々が見違える程成長していた。

打線に関しては、元々ポテンシャルが高い選手が存在し、全体的なレベルアップを図ればそれなりの打線として生まれ変わるのは想定できた。

しかし、投手に関しては頼りになるエース不在。誰が投げても点を失ってしまい、打線でカバーしようとするも、逆に焦って空回り。これが秋の大敗パターンだった。

この冬の最重要課題は、近年甲子園を勝ち抜くための必須条件である、複数のハイレベルな投手を育成すること。

最初から継投を考えて育成するのではなく、一人一人が勝敗の責任を存分に背負える事ができる「複数エースの投手陣」の育成

「誰もが智辯和歌山のエースとなれる実力をつけよう」

投手責任者の黒原をを中心に、投手陣で考え出したこのスローガンは、投手一人一人の自立を促し、後に頼もしい投手陣を築く根底的なマインドとなる。そして、2017年の彼らの意思が、現在では「投手王国・智辯和歌山」と囁かれるほどまでに後輩達にも継承されているのである。

主将の大星を筆頭に、秋季大会の大敗後、絶望の淵から立ち上がるために、自らの意思で立てた8月の全国制覇までの逆算計画。

野手も投手もそえぞれのリーダー達が見事なリーダーシップを発揮し、目的地までの道のりを最短距離で走れるように、虹のアーチを描いていくのである。

投手陣は、3月の練習試合で時折打ち込まれる事もあったが、これも十分想定内。冬のトレーニングによって、明かに個々のポテンシャルが伸びており、球威・球質がまるで別人のようだった。あとはOP戦の1球1球を大事にしながら打たれる度に、的確なフィードバックを繰り返し、制球精度を高める事の重要性や持ち球の使い方を学習し調整していった。

2017年の春季和歌山大会では、準々決勝から3試合連続でコールド勝ち和歌山を制する事ができた。

何より手応えを感じたのは、この3試合が全て完封勝利であったこと。さらに1人のエースが投げ抜いたわけではなく、複数の投手で1点も与えなかったことに価値があった。

そして、打線と投手力にある程度の手応えを感じ、挑んだ1回目の大阪桐蔭戦。

全国トップクラスとの差は何なのか?

それを最も的確に実感できるまたとないチャンスだった。

【当時の智辯和歌山のチーム状況と高校野球界の現状】

チーム全体が着実にレベルアップをしていたのだが、3年生と2年生のメンバーだけでは、どうしても内野に1つ、外野に1つ、守備あるいは打撃に不安を抱えるポジションが存在していた。厳密に言えば、指導者である私が、限られた時間の中で、選手の才能を上手く引き出してあげる事が出来なかったのである。

智辯和歌山が夏に比べて、春の甲子園出場回数が少ない原因の一つとしてあげられる、少人数制の弱点でもあった。

もちろん、全てのポジションにハイレベルな選手を揃える事の方が難しいことはわかっている。しかし、近年、全国制覇を達成しているチーム見ると、複数のハイレベルな投手と破壊的な攻撃力、そしてチームのどこを見渡しても隙がないという、いわば完璧なチーム作りが条件だった。

近年の高校野球は、情報革命により、トレーニングや栄養に関する知識、又はプロの技術などの有益な情報を、いつでも誰でも入手できる時代となり、高校生達のフィジカル面や技術が相対的にレベルアップしている。一方で、現状維持やレベルダウンなどのチームもある中で、実力格差が広がっている。

これが、【新たな情報を生かし、組織化されたチームの中で自立型の人材育成に成功し勝負しているチーム】が甲子園で躍動し、【新たな情報を生かさず、精神論・根性論を未だに最重要とし、トップダウンによって選手の思考機能が停止しているチーム】が、全国の舞台に出てこれないロジックである。

現代高校野球において、全国制覇という目標を達成するためには、各ポジションの選手が圧倒的な実力を備える事が必須なのである。監督の采配勝負になるのは、甲子園ベスト8レベル以上からだろう。ハイレベルな実力が拮抗しているチーム同士の試合では監督の采配が最重要になる。野球の定石通りの采配しかしない監督は甲子園ベスト8の壁は越えられない。

そして、このレベル同士の試合では、きっちり守れるというのが基本条件であり、さらに【くると分かっていても打てない球を操る投手】を持つチームや、【くると分かっていても防げない機動力や作戦の武器】を持つチーム、そして【どこに何を投げても打たれる破壊的攻撃力がある打線】を持つチーム同士の戦いになるのだ。運良くベスト8まで上がってきた実力のないチームは子供のようにあしらわれてしまう。

上記の内容は、智辯和歌山が全国の舞台で勝てなくなってしまった要因を、毎年敗れ去った後の甲子園の試合を唇を噛みしめながら研究し、新たな情報を参考に毎日ひたすら考えながら選手を育成し、何回も失敗した先に見えてきた私なりの答えである。

そんなメンバーが揃っていなければ、育てれば良い。それだけの話である。

智辯和歌山が甲子園で勝てない時に、髙嶋先生は全国各地から素晴らしい選手が集まる大阪桐蔭に嫉妬していた。それは髙嶋先生に限らず、甲子園で優勝を目指すチームの監督の嫉妬あるあるである。

私も最初はそう思っていた。しかし、そんなことを言っていても現状は変わらないし、少なからず、大阪大会で大阪桐蔭に何度も何度も甲子園を阻まれている履正社の岡田監督がそんなことを考えている訳がない。そんなハイレベルな大阪で凌ぎを削っているからこそ、大阪のチーム同士が甲子園の決勝で試合をしたり、両校とも全国制覇を達成できる実力が育つのである。

そして、そんな大阪のチームを目の上のたんこぶとして眺めるだけではなく、実力でねじ伏せなければ全国制覇など夢のまた夢で終わるのである。

上記の現状から考えた時、全国制覇を目標を掲げた智辯和歌山が、その可能性を生み出し達成する為に欠けていた2つのピース。それは、

【守備が安定している遊撃手】

【強打の外野手】

であった。

冬のトレーニング期があけ、3月のOP戦で試合をすればする程、この2つのピースが欠けている事が露呈されてくる。

そんな悩ましい日々を過ごす中で、3月25日に新1年生が合流した。

新入生の指導を約1月間任されている私が、新入生の実力やタイプを把握し、監督に状況報告をするのが毎年の流れである。

「こんな都合の良い話があるのか」

その新1年生のメンバーの中に、後に5季連続甲子園出場トリオうちの2人である、「外野も守れる強打の外野手」黒川史陽【東北楽天ゴールデンイーグルス】「守備が安定している遊撃手」西川晋太郎【立教大学】が一際才能を輝かせていた。

黒川に関しては、入学後間もなく遠征メンバーに招集され、春季和歌山大会にも出場し、早速公式戦デビューも果たす。

一方で西川は、入学時から守備の才能は見込まれていたが中々遠征メンバーにも公式戦メンバーにも選ばれることはなかった。

4月・5月と遊撃手に不安を抱えているのがこのチームの最大の課題と感じていた私も、髙嶋先生に西川を試合で起用して欲しいと猛プッシュしていた。

すると髙嶋先生から帰ってくる回答は、

「セカンドの森本【165cm】が小さいから、ショートに西川【当時166cm】を守らせると見栄え悪いやろ」笑

謎の見解に苦笑いしながらも、事あるごとに西川の遊撃手起用の要望ジャブを髙嶋先生に打ち続けた。

そして、2017年の春季近畿大会の大阪桐蔭戦。

初回にたて続けにショートのエラーが絡み2失点。2回にも内野手が乱れ2失点。ショートも含めた内野守備の課題が明確となり、西川の安定した守備の必要性が一気に高まったのである。

髙嶋先生も翌週の遠征から西川を招集し、少しずつ練習試合で起用するようになった。

そして、西川の安定した守備をチーム全員が認め出し、チーム内の信用を実力で高めていった。

極め付けが愛知の強豪・東邦高校との練習試合で、西川は上級生達も苦戦する東邦の投手からレフトにホームランを放った。

守備だけでなく、バッティングでも勝負できることを結果で示した西川は、レギュラーの座を実力で奪い、その後引退まで智辯和歌山のショートを守り抜くのである。

黒川・西川の入学により、欠けていた2つのピースが埋まる。偶然ではなく、あたかも必然だったかのように。

智辯和歌山の伝統である地獄の6月に、何回も髙嶋先生のカミナリが選手達に落ちる。しかし、これは髙嶋先生なりの愛情表現。期待してるからこそ、久しぶりに甲子園で勝負出来そうな空気が漂ってるからこそなのだ。

そんな時でも、感情や気持ち任せだけの練習にならぬよう、冬から続けてきた私の立場や役割を変える事なく、目的地までの距離感と明確な課題の設定・実行、それと夏を戦い抜くための体力的・精神的負荷のバランスを調整しながら1日1日夏の大会へ近づいていく。

「試合中どんな状況になったとしても実力で跳ね返し、どんな相手でもねじ伏せるチームになる」

一体自分達はどこまで頂点に近づく事ができただろうかという不安と、秋季大会時とは全く別のチームに生まれ変わり、春季近畿大会の大阪桐蔭戦を経て、全国トップレベルとの距離感を縮めてきたという自信が入り乱れる中、夏の和歌山大会が開幕を迎えるのである。

基本的には「晴」

時々課題に直面し「曇」

時に大きな失敗や苦悩により「雨」

この絶妙なバランスが保たれている時に人は凄まじいスピードで成長する。

そして、虹がかかるのはいつも「雨」の後の「晴」。このプロセスを自分達でいかに楽しみながら繰り返していくか。

的を得た挑戦の数が成長スピードを最加速させる。    〜つづく〜

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